氷雪の悪夢 〜奪われる愛の波動〜

鉛色に淀んだ空から、季節外れの粉雪が舞い落ちていた。
人気の途絶えた広場に、三人の愛天使——ウェディングピーチ、エンジェルリリィ、エンジェルデイジーが背中合わせに立ち、上空から舞い降りてきた影を鋭く睨みつけている。

「ホホホ……愛天使ども。よくぞまろの元へ参ったでおじゃるな」

白塗りの顔に不気味な赤い麻呂眉。平安貴族のような狩衣を纏いながらも、その背後から妖狐の尾を覗かせる悪魔族の刺客、雪之丞変化魔（ゆきのじょうへんげま）が、扇子で口元を隠しながら見下ろしていた。

「悪魔族！ 今日こそあなたの悪事を止めてみせるわ！」
ピーチがルビーの指輪を構え、凛とした声で叫ぶ。
「愛の天使、エンジェルリリィが、清純なる乙女の純血を汚す悪魔を許しません！」
「エンジェルデイジーが、まとめてぶっ飛ばしてやるわ！」
リリィとデイジーもそれに続き、臨戦態勢をとった。しかし、雪之丞は余裕の笑みを崩さない。

「威勢が良いのは結構なこと。しかし、まろの美しき氷雪の前に、お前たちの愛などいかに無力か……とくと味わうが良いでおじゃる。いでよ、吹雪！」

雪之丞が両袖を大きく広げた瞬間、舞い落ちていた粉雪が猛烈な吹雪へと変貌した。
「きゃああっ！？」
吹き荒れるブリザードが視界を白一色に染め上げ、凄まじい風圧と刺すような冷気が愛天使たちの体温と体力を容赦なく奪っていく。数メートル先はおろか、隣にいるはずの仲間の姿すら、分厚い雪のカーテンに遮られて見えなくなってしまった。

「みんな！ はぐれないで！」
「デイジー！ リリィ！ どこ！？ 全然前が見えないわ！」
強風の中で互いの名を呼ぶが、その声すらも吹雪の轟音にかき消されていく。

「ホホホッ……まろの優雅なる舞、見破れるでおじゃるか？」
吹雪の向こう側から、雪之丞の嘲笑が反響する。それが絶望の始まりだった。

雪之丞の真骨頂は、その名の通り『変化（へんげ）』の能力にある。
視界を奪われたデイジーの前に、不意にピーチの姿が二つ現れた。「私が本物よ！」「違うわ、あっちが偽物！」と同時に叫ぶ二人のピーチ。
「ええっ！？ どっちがピーチなの！？」
仲間を攻撃するかもしれないという恐怖が、デイジーの攻撃の手を鈍らせる。その一瞬の隙を突き、偽物のピーチが強烈な冷気の刃をデイジーの腹部に叩き込んだ。

同じ頃、はぐれたデイジーを探していたリリィの前にも、デイジーの姿をした雪之丞が現れていた。
「デイジー、大丈夫ですか！？」
安堵して駆け寄ろうとしたリリィに対し、偽デイジーはニヤリと口角を吊り上げ、容赦ない氷のつぶてを至近距離から浴びせた。
「ああっ……！」

仲間を信じる『愛』。それこそが愛天使の強さであり、同時に最大の弱点でもあった。雪之丞は吹雪で分断した三人の前に、それぞれが最も信頼する仲間の姿で現れ、躊躇いから生じる一瞬の隙を徹底的に突き、各個撃破していったのである。

やがて、ピタリと吹雪が止んだ。
視界が開けた先には、氷雪の広がる大地に倒れ伏し、苦痛に呻く三人の愛天使の姿があった。
変身を解いた雪之丞が、ふわりと地面に降り立つ。

「ホホホッ！ 他愛もないでおじゃるな。仲間を信じ、傷つけることを恐れる……その甘っちょろい感情が、己の目を曇らせたのでおじゃるよ。さて、せっかくの獲物、逃がしてはもったいないでおじゃる」

雪之丞が指を鳴らすと、倒れた三人の足元から巨大な氷柱が突き出し、彼女たちの手足を、そして胴体を壁に磔にするようにガッチリと拘束した。

「くっ……動けない……！」
「なんだよこれ！ 離しなさいよ！」
「嫌……力が、出ません……」

足掻こうにも、氷はピクリとも動かない。のみならず、触れている部分から急速に体温を奪い、指先から感覚を消し飛ばしていく。完全に無力化された三人を見下ろし、雪之丞は舌舐めずりをした。

「一思いに息の根を止めても良いが、それではまろの気が済まぬでおじゃる。貴様らのその無駄に熱苦しい愛の力……まろが直々に、時間をかけて、一滴残らずしゃぶり尽くしてやるでおじゃるよ」

雪之丞の昏い瞳が、青と白のドレスを纏うリリィへと向けられた。
「まずは……そこのおしとやかな花から散らしてやろうかのう。まろの究極の美技、とくと味わうが良いでおじゃる」

雪之丞はゆっくりとリリィに歩み寄りながら、その姿をぐにゃりと歪ませる。現れたのは、彼女が最も心を許すリーダーであり、親友——ピーチの姿だった。

「ピーチ……？」
霞む意識の中、拘束されたリリィが微かに声を漏らす。しかし、目の前に立つ『ピーチ』の顔には、本来の彼女が決して見せないような、嗜虐的で昏い笑みが張り付いていた。

先程までの公家言葉は消え去り、その口から紡がれたのは、ピーチと全く同じ、甘く透き通った声だった。

「リリィ、苦しい？ 大丈夫、私が『楽』にしてあげるわ」

「ピーチ……駄目、逃げて……あなただけでも……」
未だに目の前の存在が偽物だと頭では分かっていても、親友の顔と言葉にリリィは本能的に庇う言葉を口にしてしまう。
その健気な姿に、偽りのピーチはけたたましく笑った。

「うふふっ、あはははっ！ 逃げる？ どうして私が逃げなきゃいけないの？ だって私は、あなたのその甘くて美味しいエネルギーをいただきに来たんだもの」

偽ピーチが両手を前にかざすと、手のひらの間に妖しいピンク色の光球が生成される。次の瞬間、見えない引力が発生し、リリィの胸の奥——聖なる愛の波動の源泉から、純粋なエネルギーが淡い光の帯となって引きずり出され始めた。

「あっ……あぁっ……！」

ズボッ、と一気に命を奪うのではない。あくまで真綿で首を絞めるように、じわじわと、チリチリと、リリィの魂そのものを削り取るように生命力が搾り取られていく。光の帯は脈打つようにリリィの胸から溢れ出し、偽ピーチの両手にある光球へと吸い込まれていく。

「ああっ、なんて純粋で温かい波動……。苦しい？ それとも、大好きなリーダーの私に全てを捧げられて、嬉しいかしら？」
「やめ……て……命が……抜けて……」

苦痛に顔を歪め、のけぞりながら喘ぐリリィ。その顔を至近距離で覗き込みながら、偽ピーチは煽るように優しく囁き続ける。親しい友人の姿と言葉で精神をゴリゴリと削りながら、肉体を限界まで追い詰めていく拷問。

さらに雪之丞は、容赦なく追撃をかける。光球でエネルギーを吸い上げながら、今度はリリィ自身の姿へと変化してみせたのだ。
自分と同じ顔をした存在が、まるで鏡合わせのように目の前に立ち、冷酷な微笑みを浮かべながら自身の命を啜り上げているという異常な光景。

「どう？ リリィ。自分の命が、自分自身に吸い取られていく気分は。あなたはここで、私の中で永遠に枯れていくのよ」
「あ……ああぁっ……」

底知れぬ恐怖と、急激な衰弱。親友に裏切られたような錯覚と、己自身に命を貪られるという自己崩壊のヴィジョンにより、リリィの心はついに限界を迎えた。大きく見開かれた瞳から光が失われ、焦点がぼやけていく。

「さようなら、可憐な百合の花。あなたの愛、とっても美味しかったわ」

最後にひときわ強いエネルギーの奔流が胸から引き抜かれると、完全に力が枯渇したリリィは意識を刈り取られ、分厚い氷の拘束具の中で操り糸を切られた人形のように力なく項垂れた。

「ホホホッ……！ 極上の味わいでおじゃった……！」

完全に沈黙したリリィを満足げに見下ろした後、雪之丞は再び自身の本来の姿に戻り、恍惚とした表情で唇を舐めた。そして、ゆっくりと振り返る。
その視線の先には、拘束されたまま一部始終を目の当たりにし、あまりの残酷さに絶望と恐怖で顔を蒼白に染める、本物のピーチとデイジーの姿があった。

「リリィ！……あんた、よくもリリィを！！」
「許さない……絶対に許さない！！」

悲痛な叫びを上げる二人に向け、雪之丞は再び姿を変える。今度は顔の右半分がピーチ、左半分がデイジーという、悍ましくも悪趣味なキメラのような姿だった。そして、二人の声が不気味に重なり合った合成音声で、決定的な死の宣告を告げる。

「さあ、次はどっちが『私』に命をくれるの？ 泣いて、喚いて、絶望して……もっともっと美味しいエネルギーを、ゆっくりと時間をかけて絞り出させてちょうだい……うふふ、あはははははっ！！」

逃げ場のない氷の空間に、悪魔の狂気に満ちた嘲笑だけが、いつまでもどこまでも響き渡っていった。